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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21110号 決定 1994年7月07日

債権者

別紙債権者目録記載のとおり

主文

一  債権者らの申立をいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申立の趣旨

一  債権者らが別紙休日目録(略)記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有することを仮に定める。

二  (予備的申立1)債権者らが年間一六日の個人別休日を有する地位にあることを仮に定める。

三  (予備的申立2)債権者らが、所定労働時間が平成六年一月以降一八五六時間である地位にあることを仮に定める。

第二事案の概要

一  当事者

1  債務者は、肩書地に本社を、大崎、芝浦、厚木、幕張、仙台等に事業所を有し、電子・電気機械器具の製造、販売等を目的とする資本金二九八〇億四五八四万七四四四円の株式会社である。

2  債権者らは、いずれも、債務者の従業員であり、右従業員で組織するソニー労働組合(以下「ソニー労組」という。)の組合員である。ソニー労組は電機連合加盟の労働組合で、組合員数は約一二〇名である。

なお、債務者には、ソニー労組の他に、債務者を含む三社の従業員によって組織される労働組合の連合体であって、総組織人員約九六〇〇名を擁するソニー総労働組合連合会(以下「連合会」という。)が存在する。

二  平成四年の時短協約の締結

ソニー労組と債務者とは、平成四年度の春闘に際し、同年四月二七日に労働協約を締結した(以下「本件協定」という。)が、右協定の「その他の項目」には、労働時間短縮について以下のとおりの定めがある。

「(1) 労働時間短縮について

生産性向上、業務の効率化、その他制度の多面的な見直し等経営体質強化に必要な対応を行うことを前提として、次の施策を実施する。

<1>  所定労働時間(平成四年四月現在一九三六時間)を平成五年一月より一八九六時間、平成六年一月より一八五六時間とする。なお、短縮時間の消化方法については、各事業所毎の実態に応じて事業所毎に対応する。また、交替制勤務の勤務時間免除については併せて見直しを行う。

<2>  平成四年四月一日付与分より年次有給休暇の付与日数を勤続一年以上二〇日、以後一年増える毎に一日増加し、最高二四日とする。」

三  本件協定の平成五年における運用状況等

債務者とソニー労組は、平成五年の四〇時間の短縮の消化方法につき、年間五日の個人別休日の取得によりこれを消化する旨合意した。右合意により、債務者従業員は、従前取得していたものと併せて年間合計一一日間の個人別休日を取得した。具体的には、各従業員がコンピュータ端末からPAWSTEPというプログラムに希望日を入力し、債務者がこれに業務遂行上必要最小限度の調整をするという方法で決定され、債権者らはいずれも右方法により個人別休日を取得し、消化した。

平成五年の春闘においても、時短については、債務者は前年の回答に変更はない旨回答した。

四  債務者の時短実施延期通告と本件協定の解約通告等

平成五年一〇月五日、債務者はソニー労組に対し、円高などの経営環境の悪化により実施が困難となったとして本件協定に基づく平成六年一月からの時短を一年間延期したい旨の申し入れをした。また、債務者は、連合会に対しても、右同日、平成四年四月二一日付け協定に基づく平成六年からの時短の延期を申し入れた。

債務者は、平成五年一二月八日、従業員に対し、平成六年一月以降の個人別休日合計一一日につき、希望日をPAWSTEPに入力するよう指示した。これは、所定労働時間一八九六時間に見合う日数であり、同年度の所定労働時間は一八五六時間であるとの立場に立つ債権者らとしては個人別休日は一六日であるとの立場からPAWSTEPに一六日の希望日を入力しようとしたが、一一日を超えて入力することができなかったので、やむなく一一日のみを入力し、これは一二月二四日に確定した。

連合会は、平成五年一二月一〇日付け議事確認書により平成六年一月からの時短を一年間延期することに同意したが、ソニー労組は、債務者に対し、本件時短協定に基づく時短の実施を要求した。

平成五年一二月一七日、債務者は、ソニー労組に対し、平成六年一月からの時短を行わないことを通知し、更に、平成五年一二月二七日、本件協定のうち、所定労働時間を平成六年一月から一八五六時間とするとの部分を解約する旨通知した。

しかし、債権者らは、平成五年一二月二五日、債務者に対し、先に入力することができなかった四〇時間の時短分に相当する五日の個人別休日を書面により申請した(申請の内容は別紙休日目録記載のとおりである。)。

五  当事者の主張

以上の事実は当事者間に争いがなく、債権者らは、右協定の解約は効力がなく、債権者らの平成六年の年間所定労働時間は一八五六時間であると主張し、債務者は右に反論するとともに保全の必要性を争っている。解約が無効である根拠として債権者らが主張するのは、<1>労働協約の一部解約は許されない、<2>解約の効力発生日を明示しない解約申し入れは許されない、<3>本件解約は権利の濫用である、という三点である。

第三当裁判所の判断

一  保全の必要性

本件申立は、いずれも時短を受ける権利を有する地位の保全を求めるものであるが、前述のとおり本件協定においては、短縮時間の消化方法については、各事業所の実態に応じて事業所毎に対応することとされ、現に平成五年においても個人別休日の取得により消化する旨債務者とソニー労組とが合意した後、債務者が債権者らの希望に基づき必要最小限度の調整をした上で決定したものであること、平成六年の債権者らが保全を求めている四〇時間分に相当する分については債務者は何ら決定を行っていないことについて当事者間に争いがない。

以上によれば、本件の被保全権利は、債務者の決定を待って初めて具体的な請求権となるものであり、債務者がこれを行っていない本件においては、たとえその存在が認められたとしても、未だ抽象的なものにとどまることが明らかである。かかる抽象的な権利を有する地位を保全したとしても、これに基づいて時短の利益を受けることはできない以上、債権者らの損害又は危険の回避を図るという見地からは意味がないと言わざるを得ない。仮処分が、たとえ暫定的ではあっても裁判所による公権的な判断であって、これが債務者の地位に与える影響力は極めて大きいことを考慮すると、本件のような事案において仮処分を発することは相当でないと考えられる。

債権者らは、本件時短は平成六年のものであって、平成六年中に実施されないと権利が奪われてしまうと主張し、また、平成六年中に特定の日時に休務する必要があるとも主張しているが、右に述べたように権利の性質が仮処分によって保全すべきものでないと判断された以上、かかる結果となることもやむを得ないと言わざるを得ない(もっとも、特定の日時に休務する必要があるのであれば年次有給休暇を取得することによって事実上目的を達することができ、疎明及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、債権者らに対して年次有給休暇の申し出があった場合には時季変更権を行使しないこと及び年次有給休暇の残日数がない者に対しては次年度のそれを前倒し的に付与することを提案していることが認められ、債権者らが特定の日時に休務することが現実に妨げられる可能性は小さいと解される。)。

以上により、当裁判所は、本件においては保全の必要性がないと判断する。

二  結論

よって、本件申立は被保全権利の有無について判断するまでもなく却下を免れない。

(裁判官 蓮井俊治)

<別紙>

債権者目録 込山孝夫

外六六名

右訴訟代理人弁護士 船尾徹

同 塚原英治

同 則武透

債務者 ソニー株式会社

右代表者代表取締役 大賀典雄

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

同 高津幸一

同 高橋一郎

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